中小企業採用担当者の
リアルなお悩み相談室
会社が小さく、兼務で採用に
多くの力を割くことができません
回答者プロフィール
新山直広
合同会社TSUGI(ツギ) https://tsugilab.com/
代表
1985年大阪府生まれ。大学卒業後、学生時代にアート事業を展開しながら地域活性を図る河和田アートキャンプに参加したことをきっかけに、その運営会社である株式会社応用芸術研究所へ就職。それに伴い福井県鯖江市に移住した。同社で働く中で、鯖江のものづくりにはデザインの視点が欠けていることに問題意識を感じ、独学でデザインを学ぶ。2012年にデザイナー職で鯖江市役所に転職。翌年には仲間の移住者たちと鯖江の地域活性に向けた活動を行うチームとしてTSUGIを結成。2015年に鯖江市役所を退職し、TSUGIをデザイン事務所として法人化。デザイン・ものづくり・地域といった領域を横断しながら、地域や地場産業のブランディングを手掛けている。22年3月にローカルデザイナーの魅力を訴求すべく書籍『おもしろい地域には、おもしろいデザイナーがいる -地域×デザインの実践-』(学芸出版社)を編著。23年度にはローカルデザイナーになりたい人の道づくりを目的に、地域経営ができるデザイナーを育てる学校を設立予定。
会社が⼩さいため採⽤も他の仕事と兼任で、正直あまり⼒を割くことができません。
専任の採⽤担当者がいる他社がうらやましいと感じてしまいます。
こんな体制でも上手に採⽤活動をしている会社はありますか?
(岩手県二戸市/システム受託開発/社員30名程度)
外からの見られ方を意識し、会社の魅力を尖らせることで、
人も仕事も勝手に入ってくる状態を目指そう
最初にお断りですが、僕は採用のプロではありません。質問者さんと同じく、ローカル企業にて、人材採用について試行錯誤を重ね、それなりの結果を出せるようになったと思えている立場です。そのことを踏まえて聞いてください。
僕らが活動拠点とする福井県鯖江市は、半径10キロ以内に眼鏡をはじめ、越前漆器、越前和紙、越前打刃物、越前箪笥、越前焼、繊維といった7つの産業が集結する、基本的に下請け企業が多い産地です。作ることは上手だけれど、売ることは不得手。そこを変えたくて、「創造的な産地を作る」というビジョンを掲げて活動しています。
現在のスタッフ14人のうち、10人は県外出身者です。メディアなどを使って公募したのはホームページとSNSを使用した2017年と、採用媒体を用いた直近の2回だけで、あとは知人からのスカウトか、本人自らが「募集していませんか?」と問い合わせて来る自発的な応募です。
僕らのような弱小企業は、採用活動に多額のお金は使えません。お金をかけなくても、なんとなく「面白そう」と気に掛けてもらえる会社になることを、常に意識してきました。実際、創業当初は僕の一番の仕事は会社のブランディングだと考えていたくらいです。人もお金もない中で採用活動を成功させるための1つ目のポイントは、ブランディングだと思います。
TSUGIのホームページより
TSUGIのホームページより
そもそも人は、何かしら魅力を感じないと動きません。だから魅力がない会社は、仕事や人材を獲得するために、矢印を外に向けて精一杯頑張らないといけません。一方で、魅力のある会社は、仕事も人も勝手に向こうからやってきます。目指すべきは当然後者で、多少時間がかかっても、その方が結局効率的だと思います。後者の状態を目指すには、他社との差別化ポイントを明確にして、徹底的に尖らせ、会社の魅力を上げることです。
うちの場合は、「普通のデザイン事務所じゃない」感を常に意識してきました。
デザイン事務所の主戦場である東京は、仕事の規模が大きかったり量が多かったりする分、分業体制になりやすい面があります。そのため、例えばバナー作りなら誰にも負けない、みたいな特定分野のスペシャリストにはなれますが、多岐な技術は身に付きにくい。その点、うちのような地方のデザイン会社は、トータルでデザインの仕事ができます。ここが一点目の差別化ポイント。
二点目は、お客さんとの距離が近く、都市部のようにいくつもの会社を介した依頼ではないこと。
三点目は、僕らは福井県の会社としか仕事をしないと決めているので、エリア特性からもデザインを通じて伝統工芸に携わる機会が数多くあることです。
こんな風に、3つくらいの差別化ポイントがあると、応募者の目に留まりやすくなると思います。現に、「地方 デザイン」で検索すると、うちは常にトップ近くに表示されるようになりました。
加えて、地方にある小さなデザイン会社の枠におさまってしまわないように、自分たちに常にハッパをかけ続けました。例えば「地方でデザイン事務所なんて成り立つ訳がないとか思われがちだけど、地方の方が生産地・生産者に近いからニーズはたくさんあるはずだ」「これからの時代はローカルのデザイナーが世の中を面白くする」「広告的なものだけがデザインじゃない!」など、色々と仮説を立て、それを愚直に実践していくことで、既成事実化させていきました。
ただ、差別化ポイントを明確にして尖らすことができれば必ずブランディングに成功するかと言えば、もちろんそんなに簡単なことではなく、人もお金もない中で採用活動を成功させるための2つ目のポイントは、広報だと思います。
僕がまず取り組んだのは、雑誌やテレビといったメディアへのアプローチ。これは、会社の設立当初からロビー活動的に積極的に行いました。その際、どうしたらメディアで取り上げてもらえるかを、日々考えました。例えるなら、お笑い芸人が「どうやったら芸人として食えるようになるか、テレビに出られるか、売れるか」を考え続けるのと同じようなものです。
また、採用のために自社を広報する際も、都市部の会社と同じように振る舞っていては勝ち目がありません。給与を含めた待遇面や、福利厚生面などを訴求するよりも、一緒に働くことになるメンバーのことを深く伝えるといった、人間っぽさ、生っぽさを強く打ち出すようにしました。その際に注意すべきなのは、社内だけでなく、会社がある地域やコミュニティの話なども複合的に伝えることです。それらが上手に届けば、地方企業への応募ハードルは一気に下がります。
それはつまり、自社だけでなく、地域の魅力も気に掛ける必要があるということであり、さらに言えば、地域に魅力がなければ作るところから始めないといけないということです。ちなみにうちは、「RENEW」(※)という工房見学のイベントに力を入れて、育ててきました。
地域の話を続けますと、先日、うちにしては珍しく採用メディアに募集広告を出したのですが、当初思ったような人材応募が少なく、終盤の段階でYouTube Liveとインスタライブをすることにしました。その時に話したのは、会社のことよりも、この街がどう面白いか、自分たちの暮らしがどんな風であるかということ。結果、それをきっかけに応募がグンと増えました。やはり地方企業は、地域の話をすることが大事だと再認識しました。
広報においては、個人のSNSのフォロワー数がそう多くなくても、いざという時に馬力が出るとも感じています。スタッフに強制はできませんが、採用活動を自分ごとに感じてもらえるように呼び掛けて、「私フォロワー少ないし、関係ない」などと思わず、社員が自ら進んで発信をしてくれる流れを作るのも大事だと思います。どこでリツイートされるか分かりませんからね。
予算も時間もないからこそ、何でもやるのではなく、集中してやるべきことをやる。それが、うちの場合は「ブランディング」と「広報」だったと思います。
最後に、こんな話をすると必ず「うちの会社には魅力がない」とおっしゃる方がいます。けれど、それは思い違いです。そもそも魅力がない会社は、存続できていません。魅力が十分に周知できていない、あるいは、社員までもが魅力に気付けていないケースがほとんどです。自信を持って、できることに取り組んでいけば、必ず道は拓けると思います。
※毎年10月の3日間、90近くの工房で職人体験ができたり職人さんとコミュニケーションを取ることができたりする日本最大級のファクトリーイベント。2万人を超える来場者がある。イベントをきっかけに職人の意識も大きく変わり、作るだけの街から自分たちで商品開発して店で売るという工房が増えた。この7年間で産地内に33もの店舗が誕生したという。